ずっと出してなかった年賀状。でも、今年は出してみた。
この年賀状レベル高い!
イラスト系の大学に行って良かったと思えた。
僕はずっと年賀状を出してなかった。 もういつ頃からだろう。 小学生ぐらいの時はちょこちょこ出していた記憶もあるが、ほどなくして出さなくなった。 書くのが単純に面倒だったんだと思う。 それに、今は“メール”っていう便利なものがあるから。年賀状なんて面倒くさいもの書かなくたって新年の挨拶ぐらいできた。
それでも送ってくれる人もいるから、さすがにそれは返事で年賀状を書いた。 市販であるようなテンプレートを使っても、必ず少しは手書きの部分を加えて。 この“手書きの部分”がものすごく重要だと思ってた。 明らかに大量印刷されたうちの一枚なんかもらったって社交辞令甚だしいし、 もちろん自分からそんなの出したくもない。 とはいえ一枚一枚全て手書きで書くのも大変なので、テンプレートを使っても必ず一言書いて添える、というのを守ってた。
でも、別にそれが“年賀状”である必要はないじゃないか。 1月1日にメールを送れば事足りることだと思った。何よりいちいち住所を書かなくていいというのが本当に楽だし。
でも、そんな考えがごろっと変わってしまった。 いかに面白いイラスト、いかに面白いコメントをあのはがき一枚分のスペースで表現するか。 そんな“アート”な年賀状に出会ったからだ。
一発ギャグのものもある。芸術的なものもある。ネタ的なものもある。 だいたいはその時の干支をテーマに、時には唸らせる一枚、時には笑える一枚。 ありきたりな「旧年中はお世話になりました」「今年もよろしくお願いします」、 そんな言葉無くったっていいじゃないか。 この狭い狭い空間に、いかに相手を喜ばせるかを考えた一枚が描かれている。
そんな年賀状が何枚も何枚も集まる、一月一日、元旦。 自分も参戦したい。この輪に加わりたい。
今はメールで済ます人が増え、年賀状を書く人は減っているらしい。 それに、書いていたってパソコンでプリントアウトしただけで、 本当に社交辞令で済ます人も多分多いと思う。 もちろん宛名だって印刷。 何百枚も書かないといけない人もいるだろうから、否定はしないけれど、 それだけだったら何だか寂しいじゃないですか。
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年末って皆忙しい。
年賀状を書きたくても書けない人は、実は多いんだろうなあと思った。 休日は休みになる人もいれば、逆に忙しくなる人もいる。
書いてる時間どころか印刷する時間すら取れない人だって多分いるんだと思う。 その中には、書きたい人だってたくさんいるはず。
せめて形式だけでも、と簡単な年賀状を出す。そんなケースだってあるだろうから、 もらった方は社交辞令だと感じても、出した方はもっとちゃんと出したかったと思う。
でも、そういうのって結構伝わるものだと思う。 年賀状は全く知らない人に出すわけじゃないから、あの人がこんな年賀状なんて珍しいな、なんて考えると その人の想いが少し垣間見えたりする。 意外と本人が思ってる以上にそういった隠れた感情は伝わるものだ。
面倒そうな人も、力入れてる人も、そういう想いが意外と年賀状に現れてくる。 メールで来る人ももちろん然り。 そういうとこ見るのもおもしろいと思った。
年賀状離れが進んでいるみたいだけど、それはそれでしかたない。時代の流れだろうし。 でも、すばらしいものだってある、ということを知ることができた。